「基本的信頼」を獲得するための鍵

エリクソン(E.H.Erikson)は乳児期(0才~1才)の発達課題を、「基本的信頼 対 基本的不信」と設定をしました。

赤ん坊(乳児)は養育者との関係の中で、食事・睡眠・排泄といった生理的な活動を通じて、十分にケアをされる(相互に関わり合う)ことで、養育者を中心とした他者や、
外界に対しての信頼感を得るとともに、身体的な成長ともに外界をコントロールできる自信を獲得し、最終的に養育者の姿が見えなくなっても、不安になったり、怒ったりすることなく、不在を受け入れるようになっていきます。

その一方で、この時期に養育者から適切なケアを受けられることができなかった場合、養育者や周囲に対して信頼することが困難になり、自分自身が外界をコントロールできる自信もなく、その後の発達にも様々な影響があると考えられました。

大人になれば、自分で考えて、判断をして、行動をすることができますので、赤ん坊(乳児)のように、常に養育者から保護され、守られる必要はありませんが、会社に入社あるいは、組織の一員になるという出来事は、人間のライフイベントに置き換えると、「誕生」に等しいことであるといえるのではないでしょうか。

多くの会社や組織では、入社直後に教育や研修の期間があり、それぞれの現場での仕事に入っていくかと思います。

その中で、教育や研修期間で学ばなかったような場面に直面し、成功や失敗を繰り返すことで組織の一員としてのスキルを身につけていきます。

これは、新人や若手であれば誰もが通るプロセスではありますが、この苦しさを伴うプロセスをどのように通過するかで、その後の働き方のスタンスも変わってくるのではないでしょうか。

このプロセスを通過する時に、自分自身を支えてくれるものあるいは必要なものが、冒頭で紹介をした「基本的信頼」に代わるものではないかと考えます。

「自分の仕事(働き)に対しての給料のためだから」
「ずっと自分がやりたいと思ってきた業界の仕事だから」
「苦しいけれどやりがいを感じるから」
など…、

報酬や気持ちが「基本的信頼」となることもありますが、組織に入りたての方にとっては、

  • 孤独さを感じない事
  • 自分の率直な気持ちを表現でき、それを受け取ってくれる人がいること

が「基本的信頼」を獲得するための鍵になると私は考えます。

受けとめる余裕もなく数日後に退社

20代後半のAさんは、前に勤めていた会社を辞めて、これまでしてきた仕事とはまったく異なる業界であるサービス業の会社に入社をしました。

研修期間を経て、先輩とペアを組んで新しい店舗の立ち上げの準備をすることになったのですが、以前Aさんがしていた仕事は期日が設定されていたものではなかったため、新しい会社の「〇月〇日オープン」という絶対に守らなければならない等、時間的期日がある仕事のペースに慣れることができませんでした。

自分なりには一生懸命やっているけれど、先輩からは、「あれはやった?」「これができてない」と指摘されることばかりで、言われたことをすることに精一杯の状態になっていました。

また、「先輩に迷惑をかけられない」「先輩に頼ってばかりではいけない」という思いが強くなり、開店までに必要な準備物の出来を先輩に確認することを怠ってしまいました。

オープン前日、先輩が近所にポストインするチラシを確認すると、新店舗の電話番号が間違えていることが発覚しました。

先輩は至急上司に報告をし、Aさんは上司から注意を受けましたが、Aさんにはそれを受けとめる余裕もなく、数日後に退社を申し出ました。

Aさんには家族もおり、安定した収入を得ることの思いや、前に仕事を辞めた理由も、消極的なものであったので、「今度こそ」という思いも強かったのですが、この「危機」を乗り越えることができませんでした。

もし、Aさんと先輩のペアではなく、同期入社の人が複数人いたら、「中々、仕事のペースに慣れないなぁ」とぼやくこともできたであろうし、
Aさんが、「先輩、ペースについていけないです」あるいは、
「自信がないので、一度確認してもらえませんか?」
と言うことができたら、また違った展開が待っていたのではないでしょうか。

必要以上に「抱え込みすぎなくてもいい」

私自身も、他の人に弱音を吐くことが不得手で、Aさんと似たような危機に直面をしたことがあるのですが、幸いなことに先輩が「今、どんな感じ?」と気に掛けてくれたことや、同僚にも
「頑張っているのを全然認めてもらえない!」
「仕事を任せ過ぎだろ!」
と不満を言いことができました。

そうした存在がいて、危機を乗り越えることで、達成感を得ることや、自分の仕事について手ごたえを感じることができたように思います。

ここで、エリクソンの理論に戻りますが、赤ん坊(乳児)は、不快を感じると、「泣く」ことでメッセージを発信し、養育者が関わっていくということを繰り返し、自分自身が「守られている」という感覚を身につけていきます。

また、新しい動作や行動を獲得する際は、失敗を繰り返しながら身につけます。

そして、新しく獲得した動作や行動を用いて、外界をコントロールできる感覚を身につけ、それによって信頼感(あるいは自信)を形成していきます。

若手の方にとっては、自分の気持ちや思いを声にすることに戸惑いを持たれる方もいらっしゃるかもしれませんが、必要以上に「抱え込みすぎなくてもいい」ということと、自分がしてしまった失敗やミスは反省しつつも、自分を「許してあげること」も忘れないでいて欲しいと思います。それが、基本的信頼感の獲得に繋がっていきます。

そして、一緒に仕事をしている周囲の方にも「調子どう?」なんてちょっとした声かけや仕事に関係なくとも声をかけることが、孤独な気持ちを薄めることがあることを知って下さい

次回は、幼児期(前期)の発達課題「自律 対 恥・疑惑」を通じて、仕事でのミスと組織人の成長との関係について考えていきます。

弊社ではメンタルヘルスに関するさまざまなご相談を承っております。

この記事を書いた専門家

宮前諒平
宮前諒平㈱ホリスティックコミュニケーション
◆資格:
臨床心理士/公認心理師
日本臨床心理士資格認定協会認定 臨床心理士第18723号
(石川県臨床心理士会会員)

◆所属学会:
日本心理臨床学会
日本児童青年精神医学会
日本学生相談学会

◆活動状況〈得意分野〉:
臨床心理資格取得後、奈良県内の中学校や不登校の児童生徒の通室教室で学校臨床に携わる。
石川県に活動の拠点を移してからは学校臨床に加え、病院臨床(遊戯療法を中心としたカウンセリング・知能/発達検査・うつ病/統合失調症の症状査定)や産業臨床(求職者の方とのカウンセリング)や大学生の学生相談業務に従事する。
株式会社ホリスティックコミュニケーションでは、メンタルヘルスに関する情報提供を行う講師としての活動やストレスチェックに関する業務を担当している。