陽性症状(1)

統合失調症は、大まかには「脳の働きに不調をきたす慢性の病気」で、決して特殊な病気ではなく、100人に1人くらいの割合で罹患している人がいるといわれています。

症状は、大きく、幻覚や妄想などの「陽性症状」、意欲の低下や感情の平板化などの「陰性症状」、記憶力の低下、注意・集中力の低下、判断力の低下などの「認知機能の障害」に分けられます。

幻覚・妄想・興奮など「陽性症状」が目立つため、普通の話も通じない、わけのわからない別世界の存在と思われている方も多いと思います。

統合失調症は思考をつなげる働きの障害

統合失調症は、何らかの原因でさまざまな情報や刺激に過敏になって、精神機能のネットワークがうまく働かなくなった状態で、病気の本質は、思考をつなげる働きの障害といえます。

「幻覚」、「妄想」という角度から見ると、その言動はいかにも通常からかけ離れた異様な世界のできごとに見えますが、その人にはその人なりの理屈があって、ただその理屈のつなげ方が、通常から飛躍しているだけなのです。

例えば、タバコから連想するものとして、火事や肺がんなどを連想する人が多いと思いますが、広島カープを連想した人がいたとします。

連想の根拠は、タバコは火をつけると先が赤い。広島カープの選手も赤い帽子をかぶっていて、頭が赤いということですね。

この根拠となるのが、述語同一性の論理といわれるものです。

通常の論理では、述語が同じだからといって、主語は同じにはなりませんが、述語が同じであれば、主語は同一と考えるのが述語同一性の論理です。

この述語同一性の論理が、連想ゲームではなく、日常生活に現れると厄介なことになります。

「私は聖母マリアである」などの妄想が生まれてしまいます。

私は女である。聖母マリアは女である。だから、私は聖母マリアである。「私は聖母マリアである」という妄想も、述語同一性の論理で考えると理屈にあっていますよね。

近接するものに関連性を認めたり、自分に関連付けるということも起こります。

決してその人の人格や精神が異常になっているわけではない

ある統合失調症の患者さんが、自分は、他の人にくしゃみをさせてしまうと相談にこられたことがあります。

その理由を聞くと、ある人が自分の前でくしゃみをしたことがある。それが気になっていて、その人を見ていたら、また、自分の前に来たとき、その人がくしゃみをしたというのです。

「私はその人がくしゃみをすると考えた。その人がくしゃみをした。だから私が考えるとその人にくしゃみをさせることができる」という理屈です。

こう考えると、偶然、自分の前で、他の人が困るような状況が、2~3回続くと、自分のせいだと考えてしまいます。

考えたときに、そのことが起こらないこともありますが、条件付けは、何回かに1回そのことが起こるという部分強化で強化されるので、それが何度か繰り返されると、自分が、その人にくしゃみをさせるという考えが、確信に変わります。

また、逆に、ある人が前に来たときに、自分がくしゃみをするなどの行動が、偶然続くと、させられ体験という症状になります。

窓を開けたときに、偶然同じ人を何度か見かけると、見張られているという妄想に発展することもあります。

このように、周りの人からは全く理解ができない、あるはずのないものが現れる陽性症状も、自分の考えや感情をうまくまとめる機能(統合力)が失われているだけであって、決してその人の人格や精神が異常になっているわけではありません。

統合失調症の人は、うまくまとめられないことで、思考や感情や言動が混乱してしまっているだけであって、わけのわからない別世界の存在ではなく、われわれと地続きのところにいることがわかってもらえるかと思います。

陽性症状(2)

秘密を持つことができない

統合失調症の人の、もう一つの特徴として、秘密を持つことができないことが挙げられます。

自我の確立というのは、自分だけの世界、自分だけの秘密を持つことを意味します。ですから、統合失調症は、自我の確立が必要となる青年期に発病しがちです。

40代,50代で発病する人もいますが、実は、潜在的に発病していて、何かの拍子に顕在化した人が多いといわれています。

ある30代の患者さんから、学生時代にした万引きについての相談を受けたことがあります。その万引きは見つからなかったのですが、後日、親とともに謝りに行って、支払をし、店の人からの許しももらって、その万引き事件はすでに解決しているのですが、警察が、万引きのことを知っていて、いつか自分を逮捕に来るのではないかと、未だに心配で仕方ないというのです。

また、ある患者さんは、入院中にちょっとしたルール違反をしてことがあり、その違反は見つかっていないので、何事もなかったのですが、看護師さんの顔を見るたびに、「ルール違反をしたことは知っているぞ、正直に言ってくるのを待っている」と言われている気がする。正直に告白しなければいけませんねと相談を受けたこともあります。
その人に対しては、「ルール違反のことは、私が聞いたから、もう誰にも話さなくてよい。もし、看護師さんから、なぜ正直に言って来ないととがめられることがあったら、私に話をしたら、誰にも話すなと口止めをされたといえばよい」と、秘密を共有することで、心配を取り除くことができました。

陽性症状は、幼児的な思考に戻った退行現象

秘密を共有してもらうことができないと、秘密や悩みをかかえ続けることが大きな精神的負担となるため、自分の心の秘密が筒抜けになってしまっているという恐怖から、盗聴器や監視カメラが仕掛けられている、テレパシーで心を探られる、自分に関する悪い噂が広まっているといった訴えにつながっていきます。

自分の考えていることが、外から声となって聞こえてくると幻聴になります。秘密を秘密としてかかえることができないため、考えていることがそのまま声となって聞こえてくる「思考化声」、考えが抜き取られて空っぽになる「思考奪取」、考えたことが周囲に伝わってしまう「思考伝播」などの特有の症状が現れることもあります。

前述の述語同一性論理は幼児的論理ですし、自我の確立がなされていない幼児は秘密を持つことができないので、陽性症状は、原始的、幼児的な思考に戻った退行現象と考えることができます。

陰性症状

陰性症状に目をつぶらないことも大切

幻覚・妄想・興奮などが目立つ急性期は、長い療養期間を考えるとほんの短期間であり、以降は、陰性症状という、特有の「生き方の不器用さ」をかかえた、もどかしい日々を過ごすことになります。
幻覚・妄想を生む思考回路では、人との会話はうまく進まないでしょうし、他者と心を通い合わせることも難しく、実社会から孤立せざるを得ません。

陰性症状は、陽性症状に比べて、目立たない地味な症状ですが、陰性症状に目をつぶらないことも大切です。
「陰性」とは普段“ある”はずのものが“ない”ことを指すので、陰性症状には、自然に起こるはずの喜怒哀楽の感情が起こりにくくなる「感情の平板化」と、身だしなみへの関心や社会参加への意欲が低くなる「意欲の低下」があります。

元気がなく精彩を欠き、どことなく「うつ」っぽく、人づき合いを避けるようになる。生活がルーズになりどこか投げやりで、疲れやすく、根気がない。言動に唐突なところが混ざり、こだわりを持つ一方で肝心なところに無関心であったり、生活態度にバランスの悪さが目立つなど、周囲にわかりにくいのが陰性症状です。

家族の中には、精神病を認めたくないため、「ストレス」や「内向的な性格」などの理由をつけて、事実を見ないようにすることもありますが、家族が目をつぶると、可能性を奪うことにつながります。

いまや過半数の人が回復可能に

統合失調症は、かつては精神分裂病といわれ、精神が分裂する、あるいは人格が荒廃する不治の病と思われていましたが、1950年代に有効な治療薬が発見され、現在では、副作用の少ない新しい抗精神病薬が開発されて、症状がコントロールできるようになりました。

薬は、脳の中の神経伝達物質のアンバランスな状態を改善するように働くので、神経伝達物質のアンバランスがもたらす激しい興奮や幻覚、妄想といった陽性症状はおさまります。
しかし、傷ついた脳は「使いこなす」までには修復していません。まだ消耗しているので、喜怒哀楽を表現できない考えがまとめられない周囲への関心がわかないなどの陰性症状が現れます。

この陰性症状には、残念ながら、抗精神病薬はなかなか効果を表しません。いったん傷ついた機能には「使う」練習が必要です。足を骨折したら、歩く練習が必要なように、脳を使う練習が必要です。
日常的なリハビリテーションを重ねて、脳を「使ってみる」ことが大切です。

対人関係やコミュニケーションの問題には認知行動療法カウンセリング、生活自立のためには生活技能訓練、仕事における集中力・持続力や作業能力の回復には作業療法、対人交流や集団参加のためにはデイケア、就労のための準備段階として作業所など、心理的、社会的なケアも進んで、いまや過半数の人が回復可能になっています。

家族や周囲の人の接し方

統合失調症に限らず、精神疾患すべてにおいて、家族の対応が、病気の経過に大きな影響を与えます。統合失調症においては、家族のいない人の再発率が30%に対し、家族生活環境が治療に適したものであれば、再発率は21%と低くなっていますが、治療に合わない家族環境では48%と高くなり、悪い家族環境なら、家族がいないほうがましという結果になっています。

治療に適さない家族とは、患者さんを半人前と決めつけ、何でもかんでも批判したり否定する、本人の気持ちをくもうとせず、口やかましく「指導」ばかりをするなど、そんなつもりはなくても、もどかしさのあまり患者さんを追い詰めてしまう家族です。

統合失調症は、かってに比べれば症状をコントロールできるようになったとはいえ、大変な病気であることに変わりはありません。精神疾患に対する社会の偏見は依然として根強く、家族が統合失調症にかかったという現実は受入れがたいものがあります。

人は病気になると、「衝撃」「否認」「怒り」「抑うつ」という段階を経て「受容」にいたるといわれていますが、家族も同じようなプロセスをたどります。家族が統合失調症を受入れることが、統合失調症からの回復に向けた第一歩になります。治療を進めるときに大切なのはおだやかな家庭環境です。

統合失調症の人を理解する上で大切なことは、病気そのものについての知識を得ることはもちろんですが、病気のために生じる本人の気質と行動特性を理解しておくと、適切な対応がとれるようになり、本人の生きづらさを軽減することにつながります。

  • もともとの病気の症状としての疲れやすさに加えて、適度に休むことができないため疲れが溜まりやすい。
  • 状況の把握が苦手なために、融通がきかず、場にふさわしい行動がとりにくい。
  • 状況の変化にもろく、状況の変化が急激であったり、課題に直面すると混乱する。
  • 過去の経験を自分のものにすることが苦手で、同じ失敗を繰り返しやすい。
  • 対人関係において「オモテ」と「ウラ」を使い分けることができないため、冗談が通じず、堅く生真面目で、方便としての嘘がつけない。
  • 自己像がひどく曖昧で自分というものがないため他人の意思に左右されやすい。ときに、他人の意思に左右されることを拒絶し、頑なな態度をとることがある。

陰性症状が出現している状態は、「本人のコミュニケーション力が低下している状態」であることを理解し、感情がわかない、感情を表現しにくい、あるいは相手の感情に気を配ることがしにくい状態にあり、上記のような病気によって生じる生活のしづらさを正しく把握して、本人ができることをサポートしていくことです。

できないことに対して、否定的な言葉をかけるのではなく、具体的にどうすればよいかという解決策を一緒に考えたり、肯定的な言葉をかけることが大切です。

統合失調症など精神疾患になっても、病気はあくまでもその人の一部でしかありません。病気のために障害されている部分と正常な心の部分を併せ持っています。

本人のすべてを病気と思い込むと、病気のために生じていることを本人の性格の歪みからきていると勘違いしたり、病気だから何もできないと決め付けて過干渉過保護になってしまいます。

大切なことは、正常な部分と病気の部分をきちんと区別し、病気によって障害されている部分を見極めて、生活のしづらさを理解することです。

この記事を書いた人は

圓山一俊
圓山一俊
◆資格:
日本臨床心理士資格認定協会認定 臨床心理士第1716号
日本催眠医学心理学会認定 認定催眠士第21号

◆所属学会:
日本催眠医学心理学会
奈良県臨床心理士会会員

◆活動状況〈得意分野〉:
国立病院機構やまと精神医療センター心理療法士として35年、医療臨床に従事する。その後、奈良県介護・福祉人材定着支援事業、紀伊半島大水害被災者支援、大和郡山市市民相談など、臨床心理的地域援助活動に携わり、現在は、ホリスティックコミュニケーション奈良カウンセリングルーム室長として、産業臨床に従事している。

◆主な実績:
登校拒否に関する社会医学的研究で医学博士を取得。その他、神経筋肉系心身症や不安神経症の心理学的治療、介護労働者の介護負担、統合失調症の認知などに関する研究に従事し、研究論文を発表している。