成功と失敗を繰り返して健全な「意志」の力が発達する
ライフサイクル理論において、幼児前期の発達課題は、「自律 対 恥・疑惑」です。
1才6ヶ月から2才くらいまでがこの時期にあたります。
運動面においては歩行が可能になり、行動範囲も広がるほか、手や指先を使った細かい作業もできるようになり、語彙の数が増え、受け答えも可能になってきます。
子どもは繰り返し探索を行い、外の世界に自ら働きかける中でちょっとした失敗をすることや、養育者から注意や叱責を受けたりすることで、恥ずかしいという感覚や疑われているという感情と直面せざるを得なくなります。
成功と失敗を繰り返し、双方とうまく折り合うことができれば、健全な「意志」の力が発達すると考えられています。
成功と失敗を繰り返す―、仕事の場であれば誰もが経験をしますが、会社・組織の一員として駆け出しの人にとって、「自律 対 恥・疑惑」の発達課題にどのように直面し、自律的に仕事をする「意志」の力を育てていくでしょうか。
事例で説明をします。
事例1:上司からの「大丈夫?」が…
営業職の若手Bさんは、社内での研修も終え、一人で取引先に伺うことになりました。
前任の担当からの引継ぎも終わり、不安や緊張とワクワクが入り混じった気持ちでいる中、上司から「大丈夫?」と尋ねられました。
「はい。ありがとうございます。」と、その時は上司の気配りに感謝の思いを持ち、返答をしました。しかし、その後は社内で顔を合わせるたびに、「大丈夫?」と声を掛けてきます。そして顔を合わせなくても、
メールや電話で「大丈夫?」と上司は尋ねてきます。
次第にBさんは上司からの「大丈夫?」という声掛けが苦しくなり、仕事も上司から言われたことのみをするようになっていきました。
上司はBさんのことを心配しており、できる限りサポートをしたいという思いからの言葉であったのかもしれませんが、Bさんとしては、
「そんなに頼りないのかな自分のことをまったく信頼してもらえてないのではないか」
といった「疑惑」の思いを募らせていったのではないかと考えられます。
事例2:場にそぐわない発言をしてしまい…
Cさんは、入社して半年の新入社員です。
仕事にも慣れ、充実した毎日を過ごしています。
ある日の社内での打合せで、先輩が新しい取組についてプレゼンを行っている時、「よろしいでしょうか」とCさん。そして自信たっぷりに、
「今になって思ったのですが、この取組の方向性がぼんやりとしているので、改めて、考える時間を持った方がよいのではないでしょうか」
その場は沈黙に包まれました。
それを打ち破るように、上司が質問の声をあげると、議論が進んでいきました。
打合せが終わると、上司がやって来て、
上司「Cさん、打合せで言ったこと覚えている?」
C 「はい。何か問題がありましたか?」
上司「Cさんのあの時の発言は、これまでに何時間も話し合って来たことを、全部台無しにしてしまうようなものだったんだよ。」
「社長や決定権のある立場の人の発言ならまだしも、Cさんがああいうことを言ってしまうのは、チームの士気を下げてしまうことなんだよ」
と諭すように言われました。
この瞬間、Cさんは初めて自身の発言が場にそぐわないもので、失態を犯してしまっていたことに気づきました。
Bさん・Cさんの事例は、いずれも仕事にある程度慣れてきて、『スタートした』というタイミングでのエピソードです。
エリクソンは発達課題に取り組むプロセスの中で失敗をすると、「自律の気持ちが弱められ、外に働きかけようとするエネルギーが自分自身に向けられ、過度な自己操作を行って、早熟な良心を発達させる」と述べています。
つまり、ミスをしないことにエネルギーを使う、あるいは、失敗をしないあるいは、叱責をされないように『いい子』になるということにエネルギーを使う、と考えました。
Bさんの事例では、ミスはしていませんが、上司の「大丈夫?」という言葉が過度に繰り返されることで、自律のためのエネルギーが、自分自身を守るために使われたと考えられます。
また、Cさんの事例では、その後の展開が書かれてはいませんが、周囲の働きかけ次第では、発言をしなくなる可能性や、Bさんのようにミスをしないように慎重になり、Cさんの持ち前の積極性が失われる可能性があるのではないでしょうか。
ミスや失敗、達成や成功を繰り返していくということが重要
エリクソンは、意志の力を獲得するために、「実験をするための舞台が用意されること」と述べています。
これは、ミスや失敗が批判や否定をされる、反対に過剰に甘やかされることもなく、ありのままに受けとめられ、成功した際には達成感が得られる場面が必要であることを示唆しています。
コロナ禍のご時世であることもあり、若手の方が仕事において試行錯誤できる「実験」の場を持つことが難しくなり、現場での対応の中で、適切な距離感で見守り、声をかけることが若手の方の成長を担保することになります。
また今、現在進行形で仕事に慣れようとしている方は、企業人として成長をしていくうえで、ミスや失敗、達成や成功を繰り返していくということが重要であることを知ってもらえたらと思います。
ミスをした時の恥ずかしさ(羞恥心)の背景には、自分自身に向けられる怒りを含んでいる、とエリクソンは考えました。
自身への腹立たしさ・不甲斐なさを抱え、それをお仕事や成長のための行動に還元できるといいですね。
次回は、幼児期(後期)の発達課題(自主性 対 罪悪感)を通じて、働く人の成長に必要なことを考えていきたいと思います。
この記事を書いた専門家
- ◆資格:
臨床心理士/公認心理師
日本臨床心理士資格認定協会認定 臨床心理士第18723号
(石川県臨床心理士会会員)
◆所属学会:
日本心理臨床学会
日本児童青年精神医学会
日本学生相談学会
◆活動状況〈得意分野〉:
臨床心理資格取得後、奈良県内の中学校や不登校の児童生徒の通室教室で学校臨床に携わる。
石川県に活動の拠点を移してからは学校臨床に加え、病院臨床(遊戯療法を中心としたカウンセリング・知能/発達検査・うつ病/統合失調症の症状査定)や産業臨床(求職者の方とのカウンセリング)や大学生の学生相談業務に従事する。
株式会社ホリスティックコミュニケーションでは、メンタルヘルスに関する情報提供を行う講師としての活動やストレスチェックに関する業務を担当している。最新の投稿
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